吉川医薬経済レポート 2003年8月号

SpirivaとCOPD(慢性閉塞性肺疾患)



1.Spirivaの概要

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は近年注目されている疾患で,新薬に対するunmet needsが高い。 SpirivaはBoehringer Ingelheimによって開発され,02年に欧州で承認,上市された初めてのCOPDのみを適応症とする医薬品である。 治療面のみならず,市場面でも期待の高い新薬である。 Spirivaの概要を表で示す。

項目概要
商品名Spiriva
治験コードBA-679Br
一般名tiotropium bromide
オリジン
開発企業
販売
Boehringer Ingelheim
Boehringer Ingelheim
Boehringer Ingelheim.共同販促:Pfizer
薬効分類(薬理)
薬効分類(治療)
抗コリン性(ムスカリンM1,M3受容体選択性)気管支収縮抑制薬
作用持続性慢性閉塞性肺疾患治療薬
剤型粉末吸入剤(定量噴霧器MDIを使用する。 )
適応症
用法,用量
慢性気管支炎および肺気腫を含む慢性閉塞性肺疾患(COPD)
1日1回吸入する。
特徴M2受容体からの解離は速いが,M1,M3受容体からの解離が緩徐であるため,作用持続性があり,初めての1日1回吸入を可能にした。
開発状況米国申請中(03年承認見込み)
欧州英国(02年発売),ドイツ(02年発売),フランス(承認),イタリア(承認)
日本申請中(03年承認見込み)
化学構造式
Drugs of the Future, 2002, 27(12), 1228〜1232. PharmaProjects, May 2003, a3742〜a3743. New Current, 2003, 14(11), 84〜89. による。


2.COPDの概要

[病名としてのCOPD]
1.Burrows, Fletcher. (1964):慢性広汎な気道閉塞を有する疾患
2.American thoracic Societyの声明:慢性気管支炎,肺気腫,気管支喘息のうち,2〜3疾患が混在して区別が困難な場合
3.COPDの診療ガイドラインGOLD(NHLBI/WHO, 2001):従来の慢性気管支炎・肺気腫という亜分類をCOPDとしてひとまとめにした。
COPDの定義:完全に可逆性ではない気流制限を特徴とする疾患であり,この気流制限は通常進行性で有毒な粒子やガスに対する肺の異常な炎症反応に関係している。

[COPDの有病率]
1.世界(1990年):人口1,000人あたり,男性9.34,女性7.33
2.米国(1988年〜1994年):気流制限の有病率:白人男性;現喫煙者14.2%,過去の喫煙者6.9%,非喫煙者3.3%。 白人女性;現喫煙者13.6%,過去の喫煙者6.8%,非喫煙者3.1%
3.日本(2000年〜2001年):40歳以上の人口の8.5%(男性13.1%,女性4.4%)。 現喫煙者12.3%,過去の喫煙者12.4%,非喫煙者4.7%。 40歳以上の約530万人,70歳以上の211.5万人。

[COPDの診断,重症度分類(GOLDによる)]
1.診断:臨床症状(慢性の咳,慢性の喀痰,進行性・持続性で運動時や呼吸器の感染時に増悪する呼吸困難),リスクファクターへの暴露歴(喫煙,職業上の粉塵および化学物質,家庭での調理・暖房燃料からの煙の吸入),スパイロメトリーによる。
2.重症度分類
重症度指標
Stage 0(有リスク群)スパイロメトリーは正常,慢性症状(咳,喀痰)あり。
Stage I(軽症)FEV1.0/FVC<70%,%FEV1.0≧80%.慢性症状(咳,喀痰)を伴う,または伴わない。
Stage II(中等度)II AFEV1.0/FVC<70%,50%≦%FEV1.0<80%。 慢性症状を伴う,または伴わない。
II BFEV1.0/FVC<70%,30%≦%FEV1.0<50%。 慢性症状を伴う,または伴わない。
Stage III(重症)FEV1.0/FVC<70%,%FEV1.0<30%,または,
FEV1.0/FVC<70%,%FEV1.0<50%で呼吸不全あるいは右心不全の存在

[COPDの治療(GOLDによる)]
1.慢性期のCOPD管理の目標:COPDの進行阻止,症状の緩和,運動耐容能の改善,健康状態向上,合併症の予防・治療,急性増悪の予防・治療,死亡率低下。
2.推奨される治療法
重症度推奨される治療法
すべてリスクファクターの回避,インフルエンザワクチン接種
Stage 0 
Stage I必要な場合,短時間作用性気管支拡張薬
Stage IIII A1つまたはそれ以上の気管支拡張薬による定期的治療,症状および肺機能に有意の反応が認められる場合は吸入ステロイド。 リハビリテーション
II B1つまたはそれ以上の気管支拡張薬による定期的治療,症状および肺機能に有意の反応が認められるか急性増悪を繰り返す場合は吸入ステロイド。 リハビリテーション
Stage III1つまたはそれ以上の気管支拡張薬による定期的治療,症状および肺機能に有意の反応が認められるか急性増悪を繰り返す場合は吸入ステロイド。 合併症の治療,リハビリテーション。 呼吸不全の場合は長期酸素療法。 外科療法を検討

COPDの概要の章は次の文献をもとに記述した。 三嶋里晃,COPDの治療,EBMジャーナル,2003,4(4),5〜7。 寺本信嗣ほか,COPD研究の動向,同誌,4(4),18〜23。 植木純ほか,COPDの疫学と診療の現状,同誌,4(4),10〜17。 黒澤一ほか,診療ガイドラインの作成動向,同誌,4(4),24〜30。


3.COPDの薬物療法

薬物推奨度備考
気管支拡張薬β2刺激薬1/2日本ではβ2刺激薬吸入:第二選択
抗コリン薬1/2日本では抗コリン薬吸入:第一選択
テオフィリン±日本では長時間作用型キサンチン内服:第三選択
コルチコステロイド経口GOLDでは,安価なため安易に投与されることを懸念し不推奨
吸入GOLDではエビデンスに基づき推奨
喀痰溶解薬± 
推奨度はGOLDによる。 1/2:第一選択,第二選択のどちらでもよい。 ±:強くは推奨しない。 −:推奨しない。 +:推奨。

近年開発の長時間作用型抗コリン薬,長期間作用型吸入β2刺激薬,長期間作用型吸入β2刺激薬・吸入ステロイド合剤,貼付型β2刺激薬の位置づけは今後の課題とされる。 上記は,植木純:前掲論文により,一部改変して記述した。


4.COPD治療薬の開発動向

薬理作用分類品目名企業名開発段階備考
気管支拡張薬Spirava
tiotropium bromide
Boehringer Ingelheim/Pfizer発売(2002)ムスカリン拮抗薬
抗コリン薬
(R,R)-formoterolSepracorP-2β2刺激薬
AD-237ArakisP-2
ipratropium inhalerAeroGenP-2AeroDose製剤
QAB-149NovartisP-2β2刺激薬
β2刺激薬/ステロイド配合剤Seretide/AdvairGSK承認(2003)喘息で承認済み
Symbicort turbuhalerAstraZeneca申請中喘息で承認済み
PDE4阻害薬Ariflo
cilomilast
GSKP-3
roflumilastAltana/Pfizer/田辺P-3
arofyllineAlmirall ProdesfarmaP-2
PDE4阻害薬MerckP-2
Ono-6126小野P-2
IC-485IcosP-2
NK拮抗薬CS-003三共P-2NK1,NK2,NK3
SB-223412
talnetant
GSKP-2NK3
その他AD-313Arakis/SkyeP-2DDS製剤
AWD-12-281GSKP-2
ML-03MilkhausP-2
TH-9507TheratechnologiesP-2
IMS Health社News story, 2003.05.09. Drugs of the Future, 2002, 27(12), 1195〜1196, 1228〜1232. によって作成した。
PDE4: phosphodiesterase 4, NK: tachykinin NK receptor, GSK: Glaxo SmithKline, DDS: drug delivery system。 開発段階は世界で最も進んでいる地域の段階を示した。 国内開発は極めて遅れている。

 主要な開発品目(P-2以上)を上表にまとめた。 Spirivaの開発・上市は抗コリン薬の新世代を画するものといえよう。 喘息薬のCOPD効能追加はCombiventとSeretide/Advairが承認済み,Symbicortが近く承認見込みである。 当面この4剤が市場を牽引していくであろう。 次のCOPD治療薬として有望視されているのがPDE4拮抗薬である。 GSKのArifloはすでにP-3の段階まで進んでいる。 日本発としては小野のOno-6126があり,期待される。 tachykinin NK受容体拮抗薬がこれに続いているが,P-3にはいったものはなく,今後の推移を見守りたい。 三共のCS-003がこのジャンルに属する。 注目されるのは,大企業以外にベンチャー企業オリジンの品目が並んでいることで,創薬オリジンとしての存在感を示している。


5.COPD治療薬の市場

 PharmaProjects誌(前出)は米国の2001年のCOPD市場が18.9億米ドル(1890百万米ドル)であるとの報道を載せ,IMS Health社News story(前出)はアナリストの推定として現在の世界市場30億米ドル(3000百万米ドル)が2010年には90億米ドル(9000百万米ドル)になると報じ,今後の成長市場と紹介している。
 効能としてCOPDを承認されたものと承認見込みの喘息治療薬を含めて,主要品目別に現状の市場と将来予測を掲げてみよう。

              売上の単位:百万米ドル
品目名企業名実績予測備考
200220042006
Seretide/AdvairGSK244735004500配合剤
CombiventBI537650750配合剤
SymbicortAstraZeneca299500650配合剤
SpirivaBI50300600抗コリン薬
PulmicortAstraZeneca812750570配合剤
SpirivaPfizer10180500抗コリン薬
ArifloGSK0120450PDE4阻害薬
roflumilastAltana00300PDE4阻害薬
roflumilastPfizer00300PDE4阻害薬
roflumilast田辺00150PDE4阻害薬
PDE4 inhibitorMerck00150PDE4阻害薬

企業の見通し,アナリスト資料,喘息治療薬の立上がりパターンを参考にし,企業力を勘案して予測した。

 β2刺激薬とステロイドの配合剤の吸入剤が主流を占めているが,Spirivaは1日1回投与で,副作用も少ない新薬として急速に市場を拡大していくと予測される。 PDE4阻害薬は次の世代のCOPD治療薬として注目されるが,その上市は2005年以後と推測され,Spirivaはその間をつなぐ役割も荷うであろう。


6.おわりに

 PharmaProjects誌(前掲)によると米国におけるCOPDの社会経済的コストは30,400百万米ドル(2000年)とされ,西村周三氏(日刊薬業,03.06.05. 化学工業日報,03.06.05.)によると日本国内でのCOPDの社会経済的コストは7,600億円(6,330百万米ドル)であるという。 西村氏は予防と並んで,急性増悪の抑制,肺機能の改善によるコスト改善可能性を指摘しておられる。 Spirivaはこの面でも寄与が期待される。

 COPD治療薬はunmet needsの存在と市場拡大が望める領域であるにもかかわらず,日本オリジンの新薬・開発品目がほとんど皆無に近い。 日本の創薬力は基礎においては世界一流であるが,COPDのような疾患オリエンテッドな面では,まだ脆弱であるのかも知れない・・・・これが,筆者のいつわらざる感想である。




著者より

 今年はオホーツク海高気圧が強勢であるため,関東の梅雨明けが遅れに遅れています。 皆様お元気にご活躍のことと存じます。

 日本経済新聞社は,7月16日に「主要商品・サービス百品目シェアー調査」をまとめ,翌17日の日経産業新聞に概要を報道しています。 医療用医薬品の国内販売額シェアーについては,さらに7月23日紙面で解説を加えていますので,ご存じとは思いますが再録して見ます。

 最近は,各社ともに開示情報が詳細でしかも豊富になっていますが,セグメントの取り方が必ずしも整合しているとは限らず,横並びの比較に困難が伴うことがあります。 加えて非上場企業や,外資系企業の開示情報はウェブサイトでは得にくく,新聞報道を出ない場合が多く見られます。

 そんな中で,日本経済新聞社のこのような調査は粗いものではありますが,整合性のある貴重な資料だと思います。
 この調査では医療用医薬品の2002年国内販売額を5兆3000億円と推定し,(1)武田薬品工業7.9%,(2)山之内製薬5.4%,(3)三共5.1%,(4)ファイザー製薬4.4%,(5)中外製薬3.8%としています。 山之内製薬が前回の3位から2位に,ファイザー製薬が5位から4位へ上昇し,中外製薬が日本ロシュを併合して5位に浮上し,前回4位の第一製薬が圏外に去ったとしています。 ファイザー製薬は8月にファルマシア(日本法人)と合併しますから,次回はさらに順位を上げる可能性があります。

 ファイザー製薬のブーツ社長は6月13日の講演で,医薬品部門の売上は薬価ベースで,2003年度4694億円,シェアー6.9%,2004年度5140億円,シェアー7.5%になるとの見通しを示し,国内売上高順位では2002年度第3位が,2003年度は第1位なるとの予想を述べておられます(日刊薬業,03.06.16.)。
 日本経済新聞社の数値とブーツ社長の数値とは必ずしも一致しませんが,ファルマシアとの合併後のファイザー(日本法人)が,国内医療用医薬品市場で武田と比肩する規模になることは疑いを入れません。

 停滞気味にあるとはいえ,単一市場としては世界第2位の日本市場をめぐって熾烈な競争が始っています。
 国内大手も直近数年間の新薬上市のために,必死になって,従来にない,あらゆる手段を講じています。 2004年以降の数年間に,いや,2004年〜2006年ごろに国内医療用医薬品売上順位に大きな変動が起こり,新たなシェアーマップが固まってくると筆者は考えています。 今年,2003年はそのための過渡期,準備期という大切な1年だと思います。

 抗TNF抗体レミケード(田辺)の関節リウマチへの効能追加が7月17日に承認されました。 ケトライド系抗感染剤ケテック(アベンティス,三共,藤沢)が7月30日の医薬品第2部会で審議されます。 これら2領域でも新たな胎動が始まっています。 徐々にではありますが地すべりは続いているようです。

 さて,今月はSpirivaとCOPD(慢性閉塞性肺疾患)について書いてみました。 ここでも新しい動きが見えてきています。

 ともあれ,皆様のご自愛とご活躍を祈念いたします。

                          (03.07.29.YPC)



【発行元】 株式会社フクミ メディカルメディア
【編集人】 小菅 博之
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【著 者】 吉川 徹
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