吉川医薬経済レポート 2003月 5月号

アンチセンス医薬品の可能性



1.臨床開発中のアンチセンス医薬品

 よく知られているように,細胞核内で2重鎖のDNAからmRNAが転写され,mRNAが翻訳されて蛋白質が生成する。 アンチセンス医薬品は合成オリゴヌクレオチドで,mRNAにからみついて2重鎖を形成し,mRNAからの翻訳過程を阻害し,それによって蛋白質生成を阻害する。 つまり,標的とする遺伝子の働きを阻害できるのがアンチセンス医薬品の大きな特徴である。 アンチセンス医薬品は1980年代から研究されており,一時は医薬品としての可能性が危ぶまれたが,最近また,臨床開発が進展している。 Phase II以上の臨床品目の現状を一覧表示する。

医薬名薬効領域疾患企業開発段階備考(標的など)
Affinate
ISIS3521
LY900003
非小細胞肺癌などISISEli LillyP-3PKCα
Genesense
G3139
悪性黒色腫などGentaAventisP-3BCL-2
alicaforsen
ISIS2302
免疫クローン病ISISP-3ICAM-1
ISIS14803ウイルスC型肝炎ISISElanP-2HCV
ISIS104838免疫関節リウマチ,乾癬ISISElanP-2TNFα
EPI-12010アレルギー喘息EpiGenesis大正製薬P-2A1受容体
CpG9328アレルギーアレルギー性疾患コーリーAventisP-2免疫抑制
ISIS5132卵巣癌などISISP-2c-raf kinase
ISIS2503膵臓癌などISISP-2H-ras遺伝子
Resten-NG循環冠動脈疾患AVI BioPharmaP-2c-myc遺伝子
Oncomyc-NGAVI BioPharmaP-2c-myc遺伝子
GEM231大腸癌などHybridonP-2PKA RIα
GEM92ウイルスエイズHybridonP-2HIV
MG98固形癌MethylGeneHybridonP-2DNAメチル・トランスフェラーゼ
ANGIOZYMERibozymeP-2VEGF受容体
GTI2040腎臓癌ローラスP-2リボヌクレオチド還元酵素
HEPTAZYMEウイルスC型肝炎RibozymeP-2中止HCV

玉井克之「癌とゲノム創薬」,『ゲノム創薬の最前線』,2002年,羊土社。 「アンチセンス医薬はよみがえる」,『日経バイオビジネス』,2002年1月号。 『日経バイオ年鑑 2003』,2002年,日経BP社。 その他最近の報道記事を参考にして作表した。

 Ribozyme社のHEPTAZYMEが副作用のためP-2で中止となったので,P-2以上は16品目であり,うち9品目が癌を対象にしている。 続いて,ウイルス(C型肝炎とエイズ),免疫疾患(クローン病と関節リウマチ),アレルギー(喘息と未定)がいずれも2品目,循環系疾患(冠動脈疾患)が1品目である。 今後疾患関連遺伝子の解明が増加するに伴って開発対象疾患の巾も広がってくる可能性が高い。


2.アンチセンス医薬品の課題

 オリゴヌクレオチドであるアンチセンス医薬品は,生体内で核酸分解酵素による酵素分解を受けやすい。 これを安定化するために種々の技術が考案されている。
 また,HEPTAZYMEが副作用で開発中止となったが,アンチセンス医薬品の副作用は現状では明らかではない。 これも今後の課題の一つである。

 商業化する場合の,収率のよい生産方法の確立と,GMPに則った生産設備の整備も解決すべき問題であるという。 生体内に存在しない塩基配列のオリゴヌクレオチドであるので,現状では,ヌクレオチドの化学的縮合によって生産せざるを得ないことを考慮すると,原体価格が高くなることは明らかである。
 実用化が近づきつつあるが,ここ2〜3年がこれらの課題の克服の正念場になるのである。 (この項は上述の『日経バイオビジネス』の記事を参考にして記述した。 )


3.アンチセンス医薬品の市場予測

 実は,現在までに市販されているアンチセンス医薬品が1品目ある。 ISIS社が1998年に承認を取得し,Novartis社が販売しているVitravine(一般名fomivirsen)で,エイズ患者のサイトメガロウイルス性網膜炎用の局所投与剤である。 患者が少数であり売上金額が小さいため発表されていない。
 売上金額は価格が決まらないと算出できない。 上述のように原体価格が高い,すなわち製剤価格も高価と予想される。
 Eli Lilly社のAffinateとAventis社のGenesenseはともに今後の戦略製品の一つとして位置付けられている。 ごく大まかな予測を掲げる。

                          単位:百万米ドル
品目薬効分類企業0304050607備考
Affinate抗癌剤Eli Lilly0050120200 
Genesense抗癌剤Aventis0080180250 
合計00130300450 

アナリストの予測を参考にしたほか,分子標的抗癌剤と抗体医薬品の売上金額と成長率とからの類推によって予測をおこなった。 したがって価格と数量の予測はおこなっていない。

 アンチセンス医薬品の市場は,2005年ごろから立上がり,2007年ごろには400〜500百万ドル程度に成長すると予測した。 ISIS社のalicafortenも同じ頃発売されると予想されるが,大手に販売委託されればそれなりの売上を計上できるであろう。
 日本では,両剤ともに臨床開発に着手されておらず,市場形成はかなり遅れるであろう。



4.おわりに


 アンチセンス医薬品について,臨床開発中の品目,今後の課題,市場予測を概括してみた。 ここで取上げたものは,1990年代に挫折したものを第1世代とするならば,いわば第2世代のアンチセンス医薬品といえよう。 ゲノム関連の医薬品として,抗体医薬はすでに地歩を固めつつあり,今後の展開が期待されている。 アンチセンス医薬品がこれに続く新しいジャンルの医薬品として治療の場に登場できるかどうか,ここで取上げた,特にP-3の3品目の動向がはっきりするここ2〜3年が注目される。

 さらには,疾病関連遺伝子の解明にともなって,これまでより広い領域へのアンチセンス医薬品開発の試みが展開されつつあるし,また今後リボザイム,デコイ,RNA干渉などの関連領域の研究成果が医薬品開発へベクトルを揃えて来るに違いない。 第3世代のアンチセンス医薬品というか,オリゴヌクレオチド医薬品というか,疾患標的性がシャープで,標的到達性が優れた,そして安全性が高い有用な医薬品に育つのを見守りたい。 そして,これらの臨床開発が日程にのぼって来るのは,2005年〜2010年ごろになるのではあるまいか。 期待をもってアンテナを張っていたいと思っている。





著者より

 若葉が美しい季節となってまいりましたが,皆様お元気にご活躍のことと存じます。 今年4回目のメモをお届けします。

 顧みますと,あっという間にイラク戦争が始まり,あっという間に終わったという印象です。 戦争が始まる前の今年2月に日高義樹『アメリカの世界戦略を知らない日本人――「イラク戦」後,時代はこう動く――』(2003年,PHP研究所)という本を書店の店頭で見かけ購読しました。 昨年の11月に執筆し,2月に刊行されたものです。 私には巻頭に記述された短期決戦によるイラク制圧を既定の路線として描くことへの違和感がありましたが,先の大戦を体験した者の一人として米国の戦闘技術におけるイノベーションは首肯できました。 さらに,その後の推移は日高さんの予見どおりに,米国のイノベートされた圧倒的な戦闘技術の一方的な勝利に終わりました。 米国のハドソン研究所首席研究員をしておられる日高さんの見通しの確かさに頭がさがりました。

 日高さんの本の目次から拾ってみましょう。 イラク戦争が世界を変える,日米安保の時代が終る,次はお前の番だキムジョンイル,当分北朝鮮と韓国は合併させない,中国はブッシュ大統領に脅えている,中国は怖くない,ヨーロッパは終焉した,ブッシュ政権はけた違いに強い,ドルの立場を守るには日本円が必要だ,日本の平和主義は敗れた・・・・・ざっとこんな具合です。 詳細をご紹介できませんが,米国の今後の戦略路線を示していると思われます。

 わたしどもは,政治が無能でもビジネスが日本を牽引できると信じ,今日の日本の豊かさを実現しました。 しかし,バブル崩壊で,この神話の終焉を思い知らされました。 今なお,政治の無能ぶりは覆うべくもありません。 今度はビジネス自身がイノベーションを達成し,政治の能力アップとイノベーションを牽引していく番が来たと私は考えています。

 さて,薬の世界では,米国で4月16日にPfizerとPharmaciaの合併が完了し,新しい巨大なPfizerが誕生しました。 日本では4月23日に帝人の医薬事業と杏林製薬の統合が白紙撤回となりました。 彼我の企業環境の差を目の当たりにする思いです。
 今月のメモは,復活の可能性が高まっているアンチセンス医薬品について書いてみました。
 皆様のご健勝でのご活躍を祈念しつつ擱筆します。
                              不一


                          (03.04.30.YPC)





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